一周まわって ふりだしへ?
      ~いとしいとしと いふこころ 続編 


     4



羅生門という強殺の異能を奏す彼を形容しようとするとき、
誰もが真っ先に連想するのは “黒”だろう。
夜の黒、闇の黒、影の黒、虚無の黒。

  光に背き、生を侵食する“死”へと寄り添う黒

有無をも言わさぬ絶対的な強い刃で人の命を瞬時に奪う、
ヨコハマの裏社会の覇者、ポートマフィアをまんま体現する存在なれば、
そのような冷たく残忍だという印象の下、死神のように把握されているのも道理。

  そんな彼ではあるけれど。

素っ気なくも冷ややかな虚無でありながら、
それでいて 人が負うた罪を容赦なく暴こうとする無慈悲な光から
そっと匿ってくれもする。
弱くて脆くて罪深い人間へ、
たまの気まぐれ、せめて朝までおやすみと
しばしの間だけ優しい無関心で覆ってくれるのもまた漆黒の夜陰。

  そんな彼でもあるのだと、たまさかにでも知ってしまったら

余計なお世話でもいい、煙たがられてもいい、
その孤高に寄り添ってやりたいななんて、
つい思ってしまってもしょうがないじゃない……



     ◇◇


ようよう見れば、陶貌人形のようにそれは端正で冷ややかな美貌の持ち主で。
所作の一つ一つが洗練されており、
これが練達だからという機能美かと、敵ながら見惚れることもたまにあるほど。
そうであることに 敦がなかなか気づけなんだのは、
いつもいつも 夜叉のよな憤怒の表情で憎々しい奴よと睨まれ続けていたから。
自分の力量を認めぬまま マフィアから去った、
元上司で師でもある太宰の指導の下、
現在教育中の新しい部下という肩書がただただ憎いと。
顧みられない自分とは違い、ずぶの素人なのに
自慢気に褒め尊ぶ煽りに乗せられてた格好。
捕縛対象ではあるが、

 死ぬ物狂いになったときの覇気と戦闘力は買ってやる
 必ずや殺してやろうぞ…という殺気しか湧かぬ虎畜生、と

そんなまでに憎い憎いという怨嗟しか抱かなんだ “中島敦”であったはずが。
突っ慳貪だったのも氷のように冷たい声しか寄越さなんだのも嘘、
本当はどれほど大切に思われていたのかという、太宰の本心とやらを聞き。
もう無闇矢鱈に憎い憎いと構えずともいいのだと、
寂寥に荒んで その意をすり減らさずともいいのだと、
慕わしい双碗へ安堵と共に しっかとくるみ込まれたそれ以降。
それは大きにあれこれ上書きされ直したそのついで、
敦への認識まで“放ってはおけぬ弟のような存在”だと、
打って変わって 庇護の一隅としてしまった
ある意味、豪快なお人でもあって。(…当社比ということで )
それもまた色々と思うところがあっての結果なのだろうが、
敦としては どれほどに太宰さんがすべての物差しな人なのだかと、
ちょっと端的ながら、そうと感じてやまない黒獣の遣い手さんへ。
選りにも選って、

  『ああいうお嬢さんたちを娶わせるのがいいのだろうか。』

マフィアで一体何を学んできたのやら。(…あ・殺しか)
師でさえも、ただ殺すばかりの能無し芸無しではダメだろうと頭を悩ませた、
なかなかに歯ごたえも手ごたえもあったという漆黒の覇者。
色々と錯綜しちゃったその大きな要因、
弟子の側からのみならず
師の側からもまた そりゃあそりゃあ愛おしんでいるに違いないにも関わらず。
そんな青年へ 添い遂げる相手を見繕ってやらねばなんてことを言い出した
困った師匠、絶賛発熱中であるらしく。
体調不良から来る頓珍漢でも、そのまま突っ走られては堪らぬと、

「そんな弱腰でいてどうしますか。」

もはや狼狽えているとしか思えない太宰の肩に手をやり、
宥めるように揺さぶりつつ、そうという窘めの言を繰り出したのが、
他でもない現部下でもある敦くんで。

「よ、弱腰?」

自身に比べれば まだまだ幼い風貌ながら、
それでもこのところ結構強腰になってきた、虎の少年。
いつもさりげなく支えになってくれていた教育係のお兄さんを相手に、
やや斜め前に坐していた卓袱台越し、膝立ちとなって身を乗り出すと。
その頼もしい肩を引っ掴み、
ゆさゆさ揺すぶりつつ、正気に返れと声を張る。
暁の空のような紫と琥珀の入り交じった瞳を強く冴えさせ、

「弱腰です。
 戦わずして無条件降伏ですかって言ってるんです。
 それとも急に老け込みました?」

だって、これに関しては
他人事だとわきまえての傍観者でなんかいられない。
互いの性別も立場もちょっぴり特異なせいで、
あんまり大きな声では語れぬ、自分の切なる恋心、
ちゃんと判ってくれていて、いろいろと心砕いてくれる人の、
自分のそれより儚い想いの行く末だもの。
当事者の片やだとは言っても、
勝手にそんな、途方もない方向への道筋をいきなり“ようそろ”と切り開かれてはたまらない。
大時代の呉服問屋の頑固おやじが娘の嫁ぎ先を無理から決めちゃったような発言には、
たとい丁稚風情というポジションでも、物申すと手を挙げたい。

「同性同士だからなんて今更言わせませんよ?」

そもそも、あいつがどれだけ“太宰さん厨”だったか、覚えてないんですか?
今の芥川がどれほど幸せそうか、ちゃんと見てますか?
つれない言いようで蔑まれたり突き放されたりしない、
心に嘘ついて棘々しい顔で睨み合う必要もない。
傍に居ても良いどころか、太宰さんから迎えに来てくれて、
何てことない他愛ない話が出来る、微笑ってくれる。
共闘の機会も増えて
そんな折には変わらず尊敬する聡明な師の拝命をこなせる。

 そういった幸いを噛みしめてて、日々充実してるとしか見えませんが、と

勢いづいたそのまま、敦が一気に思うところを並べ立てれば。
滔々とまくし立てられた言を、きょとんとしつつも一通り聞いてから、

「あの判りにくい子の様子から其処まで汲み取れているなんて、
 やっぱり敦くんしかいないのかなぁ。」

ほわりと笑って紡がれたのがこれだったものだから。

「…話 聞いてください。」

うわぁ、力が抜けるとばかり、
冗談抜きに眩暈に襲われ、その場で倒れ込みたくもなる虎の子くんで。
余計なお世話なお節介かもしれないが、
何だかとんでもない方向へ運ぼうとしかかっているのだけは見過ごせない。
それでとあんまり得意じゃあない説得なんてものへ、
何とか追いすがろうと頑張っている敦だと、判っているやらいないやら。
薄く微笑み、長い睫毛をけぶらせるように伏し目がちとなったその人は、

 「だってそうは言うけれど、
  私、あの子をどうしたいのかが判らないんだよ。」

 「はい?」

反射のようなもの、え?という意味合いで声が出ていた敦へと。
んんっと やや照れ隠しのように小さく咳払いをしたのは、
ちょっぴり突っ込んだ話になる露払いだったようで。

「だから、例えばその、」

ギュって抱きすくめたらどんな顔するのかとかどんな声出すのかとか、
そういう可愛いところは堪能しているけれど、はたして彼の側はどうだろか。
そうと誤解されたくはないと言いつつ、
昔の延長みたいに、傅いてるって意識が抜けて無い子だし。
気位の高いところも幼いうちは邪魔だったから、
何へおいても従順であるよう、平らに均すべくって、
裸にひん剥いて嫌がる風呂へ放り込んだことも数えきれないほどあったんで、
脱げと言われりゃ抵抗なく脱いじゃうかもしれない。

「…何か妙なことを真っ先に言っちゃって幻滅したかもしれないけど。」
「あ…いやあのその。//////」

恋仲でも一等恥じらうべきことでさえ、
そうとお命じならって迷いなく言うこと聞いちゃいそうな気がしてね。
私はあの子には命じることしか出来ない存在なのかなぁって。
敦くんへ 順を踏んでそんなお顔するようになったように、
“しょうがないなぁ”なんて苦笑交じりに、でも楽しそうに、
応対してもらえはしない存在になっちゃってるのかなぁって。

 「まあ、だとしてもそれは自業自得なんだけど。」

そこいらの道理は判っているんだと、
形のいい手を卓袱台の上へ置き、綺麗な指先をゆるく搦め合って。
まるで自身の身の内を爪繰るように目許を伏せると、感慨深げな顔をする。

「それにね、私の傍に居たっていいことなんてない。」

  私という人間はね、虚洞なんだ、がらんどうなんだよ。

  ………はい?

またぞろ、妙なことを言い出す彼なのへ、
聞いた言語とその内容との刷り合わせが追い付いてない気がして。
あれあれあれ?と
虚を突かれたよに敦が何度も瞬きを繰り返す。
がらんどう? がらんどうって何だって?どういう意味だった?
どこか寂しそうな顔をする太宰なのへ、

「何言ってますか、色んな事がいっぱい出来る人じゃないですか。」

困惑気味に言い返せば、ゆるゆるとかぶりを振る彼で。

「スキルが多いだけだよ。私は、私自身は空っぽなのだ。」

今はそうでもないけれど、かつては人のことを駒のようにしか見ることが出来なかった。
そりゃあ小賢しい子供だったから、
この錯綜した事態には誰と誰にどう動いてもらえばいいかなんて、
何においてもそういう見方しか出来なくてね。
そういや色恋に関してだってそうだったなぁ。
意気投合した相手のはずが、
さてどう料理してやろうかなんて、そんな風にしか相手してこなかったもんさ。

「だからね、
 私と一緒に居たって傷つくだけかもしれない。」

それに、

「彼がそれへと気づいてしまって、
 困ってしまいながらも逃れられぬと感じてしまうのが怖いんだ。」

自分勝手だよね。私という人間は、結局ちいとも進歩してないのだよ。





     to be continued. (18.01.09.~)



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 *今更遅いですが、
  このお話は拙作『パレードが始まる前に』の後日談的に展開しております。